このブログの名前は「明日はきっと春になる」です。
つらい冬のような時期は、必ず終わります。私はそう伝えたくて、この名前をつけました。
離婚も、二度の流産も、うまくいかなかった不妊治療も、今の私には遠回りではなく必要な時間だったと思えています。この記事では、その言葉に込めた意味と、あなたに伝えたいことを書きます。
私はフリーランスの美容師で、この仕事を21年続けてきました。
子どもがほしくて33歳で結婚しましたが、38歳のときに離婚しました。望んでいた家庭が一度こわれて、そこから半年ほど、家からほとんど出られなくなりました。
昼でもカーテンを閉めた部屋で、ごはんも適当にすませる日が続きました。友だちから妊娠の報告が届くたびに、おめでとうと返して、そのあとしばらく動けなくなる。自分だけ取り残された気がしていました。
そんな私を外に引き戻してくれたのが、美容師の仕事でした。
予約が入っていれば、お店には行かないといけません。お客さまの前では、髪の話をして、ふつうに笑っている自分がいました。
鏡ごしに「今日もありがとう、また来るね」と言われると、まだ私にもできることがあるんだと、その瞬間だけ息ができました。誰かの髪にふれている時間は、自分の不幸を忘れられる時間でもあったんです。
仕事に救われた、というのは大げさではありません。予約の一件一件が、私を部屋の外につなぎとめてくれました。その積み重ねで、私はゆっくり外の世界に戻っていきました。
少し前を向けるようになってから、婚活を始めました。
一度離婚しているぶん、もう一度だれかと家庭を持つのが怖くて、会う約束をした日の朝に行きたくなくなる、ということも何度もありました。
それでもやめずに続けて、39歳のときに今の夫と出会い、再婚しました。うまくいかなかった相手や、そのときに考えたことは、婚活や再婚について書いた別の記事にくわしくまとめています。
再婚してすぐ妊活を始めましたが、自然には授かりませんでした。年齢のこともあって、体外受精(受精を体の外で行う不妊治療)に進みました。
治療の途中で、二度の流産も経験しました。授かったと喜んだ数週間後に、心拍が止まっていると告げられる。この体で子どもを産むのは、もう無理なのかもしれない。そう本気で思った夜もありました。
それでも治療を続けて、41歳で双子を出産しました。今は産後1ヶ月半です。
夜中に二人そろって泣きだして、片方を抱けばもう片方が泣く。ほとんど眠れない日々です。それでも、この手のなかに小さな体が二つあることが、まだ少し信じられません。
深夜の授乳が終わって、二人がやっと寝てくれた明け方。窓の外がうっすら明るくなっていくのを見ながら、ふと思いました。あの一番つらかった時期の自分に、今のこの景色を見せてあげたい、と。
離婚した直後の私は、自分の人生はもう終わったと思っていました。その私に、いつか双子を抱いて夜明けを見る日が来ると言っても、きっと信じなかったはずです。
離婚して部屋にこもっていたころ、私が一番かけてほしかった言葉は「がんばれ」ではありませんでした。「この冬も、いつか終わるよ」という一言でした。
つらい時期を冬とするなら、そのあとに来たものが春でした。仕事に救われた日々も、再婚も、双子との今も、あの冬があったからたどり着いた春です。だから「明日はきっと春になる」を、ブログの名前にしました。
もちろん、いつも春でいられるわけではありません。今も睡眠不足でくたくたですし、これから育児で悩む日もたくさん来ると思います。それでも、冬のあとには必ず春が来ると一度でも知っていれば、次の冬も少しだけ乗り越えやすくなる。私はそう感じています。
私があなたに伝えたいことは、ひとつだけです。人生は、何度でもやり直せます。
38歳で離婚したときは、もう全部終わったと思いました。でも実際には、そこから再婚も、双子の出産も起きました。遠回りに見えた時間は、今の私に必要な時間だったと、やっと思えます。
もし今、あなたが冬のまん中にいるなら。無理に前を向かなくて大丈夫です。カーテンを閉めたまま過ごす日があってもいいんです。
ただ、その冬もいつか終わって、あなたにも春が来ると、私は本気で信じています。あなたの春がどんな形になるかは分かりません。でも、私の冬が終わったように、あなたの冬にも終わりは必ず来ます。
これからもここで、私の体験を正直に書いていきます。どうぞよろしくお願いします。
haru
もしあなたが「もう一度、動いてみようかな」と思えたなら。
私が婚活を再開したとき、最初にやった“見た目の立て直し”をこの2本にまとめています。




